鳥羽市: 賀多神社

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賀多神社
賀多神社
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賀多神社 賀多神社 賀多神社 賀多神社
歴史・観光・見所
賀多神社(鳥羽市)概要: 賀多神社の創建は神亀元年(724)に勧請されたのが始まりと伝えられています。古くから鳥羽の産土神として信仰され、歴代領主から崇敬庇護されてきました。戦国時代には鳥羽城主九鬼嘉隆が朝鮮出兵の際、境内の御神木(竜灯松)を使い軍艦日本丸を造船し見事戦果を挙げたとされ、感謝の意から千本の杉の苗木を寄進したと伝えられています(撮影時には僅かに1本のみになっていました)。伊勢神宮(皇大神宮)とも関係が深く、社殿の造営時には伊勢神宮が式年造替の際の古材を譲り受け建材として利用しています。江戸時代に入ると歴代鳥羽藩主から庇護され、宝永4年(1707)以降、例祭で奉納される能楽は藩主の代参が観覧し、鳥羽藩5代藩主稲垣長明が高田藩(新潟県上越市)榊原家から正室迎え入れた際、持参品として受け取った能面を当社に寄進され能面(42面・附:能衣装76領)が昭和33年(1958)に三重県指定文化財に指定されています。江戸時代は八皇子社(五男三女の8神が祭神として祀られていた事に由来。)と称していましたが明治4年(1871)に社号を賀多神社に改め、郷社に列し明治40年(1907)に周辺集落の神社12社を合祀しています。例祭で奉納され神能楽では組立式の能舞台(切妻、板葺、桁行3間:5.5m、梁間3間:5.5m、高さ5.4m、嘉永7年:1854年)が使用され、現在ではほとんど見る事が出来ない貴重な能舞台として平成6年(1994)に三重県指定文化財に指定されています。祭神:正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命、天之菩卑能命、天津日子根命、活津日子根命、熊野久須毘命、多紀理毘売命、市寸嶋比売命、多岐都比売命。
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