専修寺:三重県津市

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【 概 要 】−嘉禄年(1225)、鎌倉時代の高僧で浄土真宗の宗祖とされる親鸞上人が下野国高田(栃木県真岡市二宮町)に専修寺を創建しました。一方、当地の専修寺は室町時代の下野国高田専修寺の住職だった定顕の子供、又は弟とされる真慧上人が諸国を巡錫した際、伊勢国一身田を霊地として寛正6年(1465)に無量寿院を創建したのが始まりとされます。その後、後土御門天皇綸旨が下付されると皇室の祈願所にも選定されるなど次第に時運が隆盛し、戦国時代には徳川家康(天正12年:1584年に禁制発布)や豊臣秀吉(文禄5年:1596年に寺領350石寄進)にも庇護されました。戦国時代の兵火により下野国高田専修寺が度々被災すると無量寿院が避難所的な役割を持ち、高田からは寺宝が持ち込まれ、名僧が避難した事などから、下野国高田専修寺を本寺専修寺と呼ばれるのに対し、無量寿院は本山専修寺と呼ばれるようになっています。江戸時代には領主である津藩(三重県津市:本城−津城)の藩主藤堂家から帰依され、庇護の対象となり万治元年(1658)には津藩2代藩主藤堂高次が3万1千百63歩を寄進し藤堂高虎長女糸姫(高松院)が堯朝上人の室になるなど血縁関係を結んでいます。寺宝が多く、西方指南抄(6冊、親鸞筆・附:覚信等直門弟写本6冊)と三帖和讃(親鸞筆 3冊)が国宝に指定され、境内を形成している御影堂、如来堂、山門、唐門、通天橋、御廟拝堂、御廟唐門及び透塀(附:骨堂)、鐘楼、茶所(進納所)、太鼓門、大玄関、対面所、賜春館が国指定重要文化財、その他にも文化財指定されている美術工芸品などを多数所有しています。

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